憲仁親王と久子さまの出会いは突然に!馴れ初めは英語でのナンパだった!?

久子さまと憲仁親王の馴れ初めに関する記事のアイキャッチ画像

高円宮妃の久子さまと亡き憲仁親王といえば

誰もが憧れる理想のご夫婦として知られていますよね。

お二人の出会いってどんな感じだったの?
やっぱりお見合いなのかな?

実は、お二人の出会いはカナダ大使館。

そこからわずか1ヶ月でプロポーズに至るという、

皇室では異例のスピード感あふれる展開だったんです。

今回は、久子さまと憲仁親王の出会いや馴れ初めについてお伝えします。

この記事でわかること
  • 憲仁親王と久子さまが初めて出会った運命の場所
  • 出会いからわずか1ヶ月で婚約を決めた驚きの馴れ初め
  • 英語で交わされたプロポーズの言葉と久子さまの即答
目次

憲仁親王と久子さまはどこで出会ったのか?

結婚会見に臨む徳人様と久子さま

憲仁親王と久子さまは、1984年4月23日、

東京・赤坂のカナダ大使館で開催されたレセプションパーティーで出会いました。

大学卒業で翻訳者として活躍していた久子さまは

翌日の仕事の締め切りを理由に出席を辞退する予定でした。

しかし、お母さまの強い勧めで会場へ向かいます。

締め切り間際にパーティーへ行くなんて
私だったら仕事が気になって楽しめないかも。

会場では、共通の話題である「カナダ」を通じて、

お二人の会話は驚くほどスムーズに弾んだそうです。

バレエや音楽の話題で時間を忘れるほど盛り上がり、

別れ際に殿下は「電話をします」と約束されたのです。

お母さまの強い後押しと、
久子さまの行動力が合致して
生まれた最高のスタートですね。

憲仁親王と久子さまが初対面で意気投合した理由とは?

お二人が初対面で驚くほど意気投合されたのには、

いくつかの理由があります。

それは単なる運命というだけでなく

それまで過ごしてきた環境や大切にしている価値観が

驚くほど似ていたからです。

英語でのやり取りが距離を縮めた

五輪招致スピーチをする久子さま

久子さまの英語力は「クイーンズイングリッシュ」と称されるほど美しく、

専門家からも認められるレベルでした。

自由でオープンな対話を好まれる憲仁親王にとっても、

英語のほうが自分の気持ちをそのまま伝えやすかったようです。

知的なユーモアを交えながら語り合う時間は、

何物にも代えがたいひとときだったに違いありません。

皇族の方と英語でジョークを言い合えるなんて、
憧れちゃいます。

社会経験を持つ久子さまへの敬意

憲仁親王と久子さま

久子さまは結婚前からプロの翻訳者として

自らの力でキャリアを築かれていました。

社会経験があり仕事に誇りを持つ久子さまの姿は

憲仁親王にはとても魅力的に映ったようです。

殿下自身も国際交流基金に勤務されるなど、

社会の一員としての視点を大切にされるオープンな考えの持ち主でした。

家柄だけでなく久子さま自身のスキルや
自立心に惚れ込んだっていうのが素敵ですよね。

お二人の関係は、形式にとらわれず、

お互いの個性を大事にするというスタイルでした。

お互いをリスペクトし合える関係って、
理想ですよね。

なぜ出会いからわずか1ヶ月で憲仁親王は久子さまいプロポーズしたのか

憲仁親王と久子さま

お二人にとって、交際期間の長さは重要ではありませんでした。

出会ってすぐに意気投合し、迷うことなく

「この人しかいない」と心が決まったみたいですね。

「Will you marry me?」というプロポーズ

憲仁親王と久子さま

1984年5月20日、初めて会ってからたった4週間で

憲仁親王は結婚を申し込まれました。

プロポーズの言葉は、二人が親しんできた英語で

Will you marry me?

とてもシンプルなプロポーズだったのです。

そして久子さまはその場で「Yes」と即答。

出会って1ヶ月で即答するなんて、
よっぽどお互いの相性が
ピッタリだったんですね。

皇室に入るという大きな決断ですから、

普通はご両親に相談して考えそうなものです。

けれど、お二人にとってはそんなプロセスさえ飛び越えてしまうほど

お互いを信じる気持ちが固まっていたようです。

このスピード感こそが、形式に捉われない「高円宮家」らしい

自由で知的なスタイルの原点になったんだと思います。

久子さまが即答した理由と「家系図の縁」

憲仁親王と久子さま

久子さまが即決できたのは短い間でも

お互いの価値観や考え方がびっくりするほど

ピッタリ合っていたからなんです。

バレエや音楽の話、それに海外で過ごした思い出。

そんな共通点を通して、お互いの考え方に触れるうちに

ごく自然に「この人だ」と確信されたみたいです。

三笠宮崇仁殿下
三笠宮崇仁殿下

そしてプロポーズの前に憲仁親王の父である三笠宮殿下が

久子さまの家系を調べたら、なんと久子さまの曾祖母が

貞明皇后のいとこだったことが判明しました。

貞明皇后
貞明皇后

本人たちの気持ちだけじゃなく、
家柄までしっかり繋がっていたなんて
びっくりです。

こういう家系の裏付けがあったからこそ、

周囲の反対もなく、運命が一気に動いていったんだと思います。

目に見えない縁に導かれた、
まさに最強のスピード婚ですね。

憲仁親王と久子さまの馴れ初めに関するQ&A

お二人のドラマチックな出会いや、

驚きのスピード婚について気になっている方も多いのではないでしょうか。

ここでは、特に検索関心の高いポイントを

ギュッと凝縮して、分かりやすくお答えしていきます。

憲仁親王と久子さまの出会いはどこだったのですか?

1984年4月23日に、東京・赤坂のカナダ大使館で開催されたレセプションパーティーが運命の舞台でした。

お二人が意気投合した一番のきっかけは何ですか?

共通のキーワードである「カナダ」です。
お二人ともカナダに縁があり、国際感覚が豊かだったため、初対面から英語を交えて深く共鳴されました。

出会いからプロポーズまで、どれくらいの期間だったのですか?

わずか1ヶ月(約4週間)という、皇室でも異例のスピード感でした。
お互いに「この人しかいない」という確信があったからこその決断だったようです。

プロポーズの言葉はどのような内容だったのでしょうか?

憲仁親王から「Will you marry me?」と英語で真っ直ぐに伝えられ、
久子さまもその場で「Yes」と即答されました。

深夜12時に久子さまの実家を訪れたというのは本当ですか?

本当です。
プロポーズの後、その足で誠意を伝えるために駆けつけられました。
「たとえ皇族でなくなっても必ず守る」という殿下の強い覚悟に、ご両親も心を打たれたそうです。

まとめ

憲仁親王と久子さまの出会いは、

カナダ大使館から始まりました。

仕事の締め切りを押し切って会場へ向かった久子さまと

久子さまの知性と自立心に惚れ込んだ殿下。

形式にとらわれないお二人の真っすぐな姿は

お互いを尊重し合う理想のカップルとして

今見てもすごく素敵ですよね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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